Life as Kamino Rui

MtFの私「神野留衣」と、私の現実世界での姿「僕」の二人の日常生活

Parallel:World~君と僕と私~002

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最近ブログはあまり更新できていませんね…ごめんなさい。
生きるって結構疲れますね。
疲れて忘れられるようなそんな簡単な問題だったらいいのに。
学校も休んだり、遅刻することが重なってしまって…。

やはり、行動を起こさなければダメですね。
そうしなければ、何も変わらない。
頑張らなきゃ…。

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002:戻りたい、戻りたくない

「…神田さん…聞こえる?」
はっ、と我に返る私。
「聞こえる…けど…。」
何とか声を絞り出す。
「よかった…倒れちゃったかと思った。」
「倒れるところだったよ…」
なんとか意識がはっきりしてきた。

壁の時計は、まだ朝の七時過ぎだった。
「どうする?少し休む?あ、そうだ、今家には誰もいないから、安心して大丈夫だよ。」
「だれも…?」
「うん…母親は再来週くらいまで入院してるから。」
「そう…。」
入院…一体どうしたのだろう。
「神田さんのところは、お父さんはどうしたの?」
「転勤…九州に。だから今は一人暮らし。」
「そうなんだ…。」
一瞬途切れる言葉。
「ねえ。」
「なに?」
電話をつかむ手に力がこもる。
「どうして西野くんはそんなに平気でいられるの?」
「…別に。平気じゃないけど。」
急に西野くんの声が沈む。
無言の空白が、永遠にも感じられた。
「そうだ。」
「…。」
「直接会って話そうよ。その方がいいと思う。」
西野くんの提案を聞いて、私は突然重要なことに気がついた。
「…うん、わかった。」
そうだ、私が行かなきゃ。
「私がそっちに行く。」
「えっ?大丈夫?」
だって、
「大丈夫…だから何もしないで動かないでいて。」
「…わかった。服は制服が多分そこらへんのハンガーにかかっているから、それを着ればいいと思う。定期は机の横に、チャージしてあるし、鍵も一緒に…」
ガチャ。
電話を切った。
急がなきゃ。
男子なんかに私の部屋を探られたくない。
その一心で、私は西野くんの部屋に戻り、「家」へと帰る準備を始めた。
鍵と定期は…あった。
制服のズボンは、これかな。
Yシャツは…。
どこだ…。
…えっ。
見つからないYシャツを探すために、クローゼットのドアを開いたところで、私は止まった。
確かに、Yシャツはそこにあった。
しかしその横に、あってはならないはずの、だけど私には見慣れたものが掛かっていた。
「…なんで…女子の制服。」
そこには、季節外れのブレザーと、紛れもない制服のチェックのスカートがあった。

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「ピンポーン。」
八時半もすぎた頃、はじめて聞くはずの、だけど誰もが知っているような音色のインターホンが鳴った。
玄関へと走り、ドアスコープを覗く。
一瞬驚いた。だけど、すぐに思い出す。
カチャ。
玄関の外には、少し怖い顔をした自分…の姿をした神田さんが立っていた。
「神田さん…」
「ちょっとそこで待ってて。入ってこないでよ。」
玄関の鍵を後ろ手に閉めると、神田さんは自分の部屋へと入り、ドアを閉めた。
…なんか、嫌われてるみたいだなぁ。
そう思いつつ、自分は言われた通りに廊下の床に腰を下ろして、神田さんを待った。
立ったままだと、あまりにもみっともなかったから。

しばらくすると、部屋のドアが開いた。
「どうぞ。」
そっけない言い方で部屋に招き入れられると、神田さんは冷蔵庫を開いた。
「何も食べてないでしょ…何かいる?」
「あ…はい、何でも良いです。」
それを聞くと、神田さんは冷蔵庫から菓子パンを二つ取り出し、コップ二つに牛乳を注いで、背の低い丸い机に置いた。
「ほら、食べようよ。」
その声に無言で頷くと、自分は神田さんの向かいに座った。
「いただきます。」
そう言って、神田さんがパンの袋を破り開けた。
「…いただきます。」
それに続くように、私はコップの牛乳に手を伸ばした。
ふと、パンの袋を開けようとする自分の手が、今までとは違って細く、小さく、そして丸みを帯びているように感じた。

あっという間に二人とも食事を終え、神田さんがパンの袋とコップを戻すため立ち上がった時、やっと自分は、さっき神田さんが何をしていたのか気付いた。

すぐ側の床には、綺麗にたたまれた男子の制服が置かれ、神田さんは普段着なのであろう、女の子の服装に着替えていた。

それでも、どうしても自分の身体…「西野君」の身体の男っぽさは残っていた。

「ふぅ…。」
ため息をつく神田さん。
「なんだか大変なことになってしまったね…。」
いたたまれなくなって、とりあえずそう言ってみた。
「本当だよ…。」
そう言って目を閉じた神田さんを見ていられなくて、部屋の中へと視線を移した。
壁際のフックには、女子の制服のかかったハンガー。
もし、月曜日までこのままだったら、あれに袖を通すことになるのかな…。
神田さんには悪いけれど…嬉しいかもしれない。
そう思った瞬間、視界を人影が遮った。
「あのさ…西野君。」
少し申し訳なさそうな、だけど若干の嫌悪を含んだような視線を感じて、自分が今考えていたことが神田さんに分かったのだろうか、と心配になった。
でも、そんなことはあり得ない、そんなの分かるはずがない、と自分に言い聞かせる自分がいた。
「なに?」
立っている神田さんの目を見るために、顔を上に向ける自分。
「もしかして…」
そこまで言って、目が泳ぐ神田さん。
「…もしかして、西野君は…」
そう言って振り返り、壁にかかった制服…さっきまで自分が視線を向けていた…を見つめて、神田さんはこうつぶやいた。
「…女装とか、そういうのが趣味なの?」

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「…。」
なんと言えばいいのだろう。
答えたくない。
でも、何か言わなきゃ。
「なんで…そう思うの」
「なんでって…。」
少し困った顔をした自分の顔が見える。
なぜ気付かれてしまったのだろう。
ずっと、気付かれないように注意して生きてきたのに。
気付いて欲しくないわけではなかった。
だけど、もし理解してくれなければ、誤解されれば、言われることは一つだけ。
とうとうその瞬間が来てしまったのだろうか。
私は身を強張らせた。
「クローゼットの中に…制服…女子の制服があるのを見たんだ…ごめん…」

神田さんの言葉の意味を、自分は理解できなかった。

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「えっ?」

私は西野君がどんな反応を返してくるのか、予想できているつもりだった。
西野君のことだから、何か理由があるに違いない。
黙り込んでしまうということはあるかもしれないけれど、きっと理由を説明してくれる。
それを期待して口を開いた私に返ってきたのは、一瞬の空白と、戸惑いの表情だった。
「…えっ?」
つられて私も同じことを言う。
「え…女子の制服?僕の部屋に?」
戸惑う西野君。
「うん…見たんだけど…」
不安になる私。
「あるわけないよ!」
遮るように口を開いた西野君は、感情を必死に抑えようとしているものの、強い口調だった。
「あるわけないじゃん…僕…男子だよ?」
それだけ言うと西野君は、再び壁にかけられた制服を見つめていた。
手を強く握りしめ、目には涙を浮かべながら。
私は突然の展開に、どうすればよいか分からなかった。

一体どれほどの時間が経っただろうか。
実際には、五分と経っていないという現実を壁の時計は指していたけれど、言葉の飛び交うことのない空間の時の流れは、眠気と戦う午後の授業中のようだった。
ふと、西野君が肩の力を抜いて、うなだれる。
そして前に向き直ったその顔は、いつもの「私」の表情だった。
「…これからどうしようか。」
「…。」
その無表情な視線に耐えかねて、私は目をそむけた。
「それじゃあ、とりあえず、今日は帰るね。自分の家に。」
おもむろに立ち上がった西野君の腕を、私はつかんだ。
「帰らなくていいよ。」
「なんで。」
振り返らずに答える西野君。
「なんでって…特に理由は無いけど。」
理由はたくさんある。だけど、そんなことを説明するだけ無駄だと思った。
振り返る西野君。
「神田さんのお父さんは…どうしたの?」
「ああ…単身赴任。大阪に。」
「いつまで?」
「さあ…仕事が終わるまで、かな。」
「そう…。そういえば、西野君のお母さんは?」
「入院してるんだ…癌で。」
「そう…。」
西野君のお母さんの話は初耳だったが、話をしているうちに、私が西野君を引き止めたもう一つの理由がわかった気がした。
「…それじゃあ、お言葉に甘えて…少し寝て良い?今日土曜だよね…それに、なんだか疲れちゃった。」
そういうと西野君は、ふらふらとベッドへと歩いてゆき、横になった。
私は立ち上がって、カーテンを閉めた。わずかな隙間から差し込む朝日が、床の上で白く揺れていた。
横たわっているのは、私の形をした西野君。
そして私は、西野君の身体だ。
クッションの上に腰を下ろし、壁にもたれかかると、私は目を閉じた。
そうか、寂しいんだね。一人ぼっちで。
頭の中でつぶやいた私の意識は、心地よい眠りの世界へと堕ちていった。

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やわらかな布団に包まれた自分は、目を閉じながらも眠ってはいなかった。
なんで正直に言えなかったのだろう。
なにかをくしゃくしゃにしたい衝動が心を駆け巡る。
確かに、自分の家に女子の制服なんてあるはずがない。
だけれど、ついさっき自分が言った言葉が、心をかき回す。
『あるわけないじゃん…僕…男子だよ?』
なぜ自分でもこんな風に言ったのか分からない。
まるで自分に言い聞かせるかのように言った言葉。

…男子だよね。そうだよね。自分の身体は男子だった。
だけど…自分の心は違う。
本当の自分は…私は…女子でありたかった。
そして昨日、その願いを、自分は我慢すると決めた。
決めたのに、その願いは意外な形で叶ってしまった。
神田さんに、迷惑をかけるという形で…。

首を横に向けると、壁にもたれて目を閉じている自分が見えた。
昨日までの自分を見ているようだ。
いや、実際そうなのかもしれない。
神田さんも、自分と同じだ。
自分のせいで、また新たな「自分」が生まれてしまった。
そう考えると、一瞬私は、世界を戻したくなる。
そうすれば、神田さんが悲しまなくても済むのに。
だけど、同時にふと思う。
折角叶った自分の夢を、自ら捨てることはないのではないか、ということ。
また「僕」に戻れば、辛い日々が待っている。
それに加えて高校受験…生きていく自信がない。
でも、それは今では神田さんの苦しみだ。

結局は誰かが苦しむしかないのかな…。
そうなのだとしたら、苦しむのは神田さんではなく、自分の方がいいと思った。
自分はそういう「運命」なのだから、と。

しかし、今そう思えるのは、自分が苦しみから解放されているからにすぎない。
きっと昨日までの日々に戻れば、私は後悔するだろうということも目に見えていた。

でも…、でも…。
同じことを繰り返す自分を、私は制した。
今はとりあえず寝なきゃ。
そして目前のことを考えよう。できることから始めよう、と。

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二人の寝息が微かに響く部屋の外では、誰もが信じている「日常」が、滞ることなく流れていた。