Life as Kamino Rui

MtFの私「神野留衣」と、私の現実世界での姿「僕」の二人の日常生活

Parallel:World~君と僕と私~001

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とりあえず、第一話です。
誤字指摘や感想等ありましたら、上記のサイトでもブログでも、ぜひお願いします。

自分の体験をもとに書いてしまうと、うっかり実名を書いてしまいそうになったり、表現がわかりにくくなってしまったりして、難しいものですね。

でも、頑張って続けたいです。

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「目が覚めるから、夢だと気付く。目覚めなければ、それは現実と同じことだから。」

001:動きだす、時計の針

「…本当の自分は、女なんです。」
そんな内容のメールを、担任の戸田綾子(とだあやこ)先生に送ったのは、昨日の午後のことだ。
まだ学校が始まって間もない5月5日。
やっと学校生活もリズムを取り戻し、一息ついていた頃であろう先生には、迷惑な話だったかな、と今となっては少し思った。
それでも自分は、打ち明けて良かったと感じている。
どんな返信がくるのだろうか、そもそも返してもらえるだろうか、いや、届いているのかさえわからず、ドキドキしていた、昨日の夜。
その永い闇の先には、予想だにしなかった言葉があった。

「これで、終学活を終わります。起立。」
週番の合図で、一斉に席をひきずる音が響く。
きちんと椅子の後ろに立っている人もいれば、ただ立っただけで、すぐに座れる状態の人もいる。
自分は、前者だ。
「さようなら。」
「「さようなら。」」

再び椅子を引いて席に着いた自分は、急に騒がしくなる教室の中で、一人、窓の外に咲く散りかけた桜の木を見つめていた。
何度考えたことだろう。
この次の春が来るまでに、本当の自分になれるようにしよう、と。

僕…いや、私の名前は、西野楓(にしのかえで)。
来年は受験の中学三年生。
生物学的には男だけど、自分では違うと思って生きてきた。
よくいう、性同一性障害というものかもしれない。
つい最近まで、そのことは自分の心の中にしまって…いや、隠していた。
だって、黙ってさえいれば、周りの大勢の人々に、迷惑をかけなくてすむから…。
だから、今でもほとんどの人にはこのことを打ち明けていない。

それでも、この春休みの間に、何人かの信頼できる友達に、そのことを打ち明けた。
彼女たちは、私のことを信じて、理解しようとしてくれた。
高校受験を目の前にして、もはや「今の自分が本当の自分ではない」という事実に疲れ切っていた私は、少しでも信頼できる人を増やそうと、担任の戸田先生に、昨日メールでそのことを打ち明けたのだった。

トントン。
「失礼します。戸田先生は…ああ、先生。」
この学校には、各学年ごとに職員室がある。通称学年室だ。
ここだけではないけれど、もはや老朽化している引き戸をノックして開けると、そこには戸田先生しかいなかった。
「あっ、西野…くん。英語科準備室に行こうか。」
そう言うと先生は椅子から立ち上がって、こちらに歩いてきた。
自分は数歩下がって廊下に出ると、先生も出てきて、引き戸を閉めた。
廊下は、下校時刻の近づいた生徒たちで溢れていた。
少し周囲の目を気にしながらも、先を歩く先生のあとについて、英語科準備室へ向かった。

戸田先生は、自分が一年生の頃も担任をしていた。
先生としてのキャリアも長く、誰もが信頼するとても素晴らしい先生だ。
二年生の頃は、人事交流で他の学校に行っていたけれど、三年生になってまた先生のクラスになった。
だからなのかな…言う前から気付かれていたのは。

英語科準備室のドア、そういえばここは普通のドアだ、をくぐると、先生に勧められるままに椅子に座った。
「まずは、メールをしてくれてありがとう、楓さん。」
突然、さっきまでは西野くんだったのに楓さんと言われると、なんだか恥ずかしい。
なんでそんなあからさまに変えるのだろう。別に私は西野君だし。
そう、脳内でつぶやく自分。
「そんな…先生の方こそ、気付いていたなんて、びっくりしました。」
昨日のメールの返信に、先生はこう書いていた。
「…実は私は薄々気づいていました。おととし担任した時から。」
それを読んだ時、私は本当にびっくりした。
まさか、気づかれているなんて。
本当に気づいていたのだろうか…。少しだけ疑ってしまう私。
「まあ…それより、いくつか聞いておきたいことがあるんだけど。」
「はい…。」

そのあと先生は、名前を呼ぶ時にどう呼んでほしいか?とか、学校生活の中で何か嫌なことはないか?とか、制服はこのままでいいのか?と聞かれた。
私はすべて、別に今までと同じで良いです、と言った。
「今までこうしてこれたんだから、大丈夫です。」
そう言った時、心の中で私は後悔した。
本当はそんなこと思っていない。
変えられるなら、変えて欲しい。
制服だって。何もかも。
…でも、もう目前に迫った高校受験のことを考えると、我慢せざるを得ないと私は思った。
もし、今周囲の人々が知ったら、どう思うか。
受験先の学校はどう思うのだろうか。
そう考え出したら、切りがない。
だから私は、我慢すると決めた。

いつもとは少し違う日を過ごして疲れた私は、家に帰るとあっという間に眠りについた。
高校生になれば。その時は…。その時までは…。
そう決めたはずだったのに。
神様は私の心なんて無視した。

「ピピッ、ピピッ、ピピッ…」
そういえば、今日は夢を見なかったなぁ。
それに、何だか体も軽いし。

「ピッ。」
…そう考えつつアラームを止めた私の思考回路が、手の中にある携帯電話と自分の手そのもの、そして周囲を取り巻く何もかもが、「しっくりくる違和感」に包まれていることに気がつくまで、そう長い時間はかからなかった。
「えっ?」
思わず発したその声の音色が、私が「私」になったことを教えてくれていた。

丁度同じ頃、「西野君」はすでに目が覚めて、顔を洗いに行こうと洗面所へと歩いて行った。
とりあえず、まだ眠い目を冷水でこじ開け、タオルで顔を拭うと、視界と共に思考もはっきりしてきた。
目の前の鏡を見て、「彼」は一瞬動きを止めた。
何だろう、この違和感…。
…!
「えっ?なんで…西野君?」
振り返り背後を見ても、そこには誰もいない。
もう一度鏡を見ても、そこには私じゃない、西野くんしかいなかった。

「…神田さん、だ。」
鏡を覗き込む自分。
この顔には見覚えがある。間違いない。神田さんだ。
神田さんとは同じ小学校だったし、クラスが一緒になったこともあった。
でも…それでも信じられない。
「…夢、だよね。」
そう思いながら、若干忍び足で部屋をまわる。
さっきこの洗面所まで歩いてくる途中、もう一つのドアがトイレであることはすでにわかった。
そして、ベッドが置いてある、少し広い空間。
短い廊下のような空間の反対側には、玄関のドアが見える。
他に人がいる気配もない。
ふと、ベッドの横に置かれた勉強机の上にある写真立てを見て、自分はある話を思い出した。
その写真には、幼稚園の頃であろう、小さな身体に制服姿の神田さんを挟んで、神田さんの両親と思われる人が笑顔で写っていた。
そう、幼稚園の卒園式があったその日、神田さんのお母さんは、交通事故で亡くなったそうだ。
だから、これが家族全員で写った最後の写真、なのだろう。
なぜだか心が苦しい。
自分も小学四年で父親を亡くしてからは、同じ境遇だからなのか、神田さんとはそれなりに仲が良かった記憶がある。

…だとしても、神田さんのお父さんは、一体どこにいるのだろう。まだ生きているはずなのに。
そんなこと、考えてもわからないけれど、少なくとも今同じ空間に知らない人がいないというのは、安心できることだった。
…そういえば自分の家も、母親は今入院しているから、良かった…いや、そもそも、本当に入れ替わったのだろうか。
そんな、小説のような出来事、あるのだろうか。

とりあえず、自分の家に電話をかけてみよう。
そう思い、近くにあった固定電話に手を伸ばして、受話器をとった。
指がプッシュボタンに触れる…あれ?
思い出せない。
電話番号を、覚えていたはずなのに。
しばらく悩んだのちに、受話器を降ろす。
…そうか、緊急電話連絡網の紙を見れば…。
そう思い、神田さんの机にあったファイルを取り出して、ページをめくった。

なぜもっと早く気づかなかったのだろう…。
私は西野くんの部屋に戻って思った。
下が机になっている二段ベッドのようなものが、部屋の大部分を占拠している。
奥に入り、少し低めの木製の椅子に座ると、机の上にはコンピューターが置いてあった。
残念だけど、私はこういうの苦手なんだ。
そう思いつつ、周囲を見回すと、壁際には天井まで届く本棚。
様々な本が所狭しと並んでいた。
小説も多いけれど、なんだかよくわからない数学とかの本もあるみたいだ。私は絶対に読まないなぁ。
それに…はぁ。
思い出したくもない。
私は机に突っ伏した。
洗面所に行く前、普通に何も考えずにトイレに行った。
あの時は何も思わなかったけれど…今考えたら…。

「ルルルルル、ルルルルル、ルルルルル…」
突然、電話の音が鳴り響く。そういえば電話の音は私の家のと同じだ。
電話の音を頼りに、部屋を出ると、ダイニングの机の上に固定電話の子機を見つけた。
ガチャ。
「はい、神田です。あっ…」
間違えた…そう思ったけれど、電話の向こうからは、今までだったらあり得ないはずの声が聞こえてきた。
「もしもし?神田さん?僕…西野です…」
私の声だ。
「に…西野君?一体どうなってるの。」
「どうなってるって…多分…」
「多分?」
「入れ替わったんだと思う。ごめん…。」
入れ替わった。
そんなバカな、と思ったけれど、でも、そうとしか思えない。
一体…これからどうすればいいのだろう…。
「神田さん、聞こえる?神田さん?」
私の声が聞こえる。でも私はこっちなのに…。
近くにあった椅子に崩れるように座ると、私は少し意識が離れてゆくのを感じた。